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日産 スカイライン
NISSAN SKYLINE
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初登場 昭和32年
現行モデル 平成18年11月〜 (12代目)
どんなクルマか
今や日産を代表するスポーツセダン、スカイライン。小さな車体に大きなエンジン、見た目は普通のセダンなのに、走りは抜群、そんな「羊の皮を被った狼」的な存在は、他社のライバルが真似しきれない独特なもの。GTのグレード名を直列6気筒(後にV型6気筒) 以外は名乗らないというこだわりも持っている。スポーツカー好きな若者から、若い時代の青春を思い出した年長者まで、ユーザー層は幅広く、コアなファンは多い。
そんなスカイラインも、時代の流れと共にどんどん大きくなり、今では「プレミアムGTカー」の名のもと、高級車化してしまっている。「抜群な走り」はむしろ過去モデルより進化しているが、当初の「小さな車体に大きなエンジン」というコンセプトからかなり外れており、若者には手の届かない存在になってしまっている。
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歴史を語る
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初代登場
当時のプリンス自動車の小型セダンとして登場。1500cc 直列4気筒OHVのGB30型エンジンを搭載。現在でいうブルーバードクラスに相当する。当初はスタンダードとデラックスの2グレードで展開。昭和36年に1900ccの追加、昭和37年にラリー出場向けにスカイラインスポーツを追加、スカイライン=スポーツセダンのきっかけとなる。
2000GT(トヨタスポーツではありません)登場
スカイラインは昭和38年にフルモデルチェンジし、2代目へと進化する。2代目も初代に続き、1500ccクラスの小型セダンとして登場。昭和39年、第2回日本グランプリGTクラス出場の為、グロリア用のG7型2000cc直列6気筒OHCエンジンを無理やり搭載した2000GTが登場。昭和40年には市販化される。これが、スカイライン=直列6気筒エンジンのGT の始まりであった。
プリンスから日産へ…、GT-R登場
昭和41年、プリンス自動車が日産自動車へ吸収合併され、日産車の1車種となる。従来の他社ライバル(と言ってたかどうかは知らないが)だったブルーバードとクラスがかぶっていた事から、2000cc直列6気筒のGT路線をより強調する事で、ブルとの差別化を図った。(同じブリンス自動車出身のグロリアは、同クラスの日産セドリックに吸収され、兄弟車化されている)。そして、昭和43年に3代目 C10型(通称ハコスカ)が登場。1500ccはプリンス製エンジンを継続して搭載されるが、2000ccのGTは日産製L20型(OHC)が搭載される。昭和44年にローレル用の1800cc搭載車を追加。同年にはスカイラインとしての最上級スポーツモデル GT-Rが登場する。搭載エンジンは2000cc直列6気筒DOHCのS20型で、最高出力160PSは今見るとそんなに大した数値ではないが、シングルカムのOHVやOHCが主流である中で、今の2000ccクラスより小さく軽い車体に当時は高価なDOHCエンジンを積むという点では、最強のマシンだったと言えよう。昭和46年にマツダ サバンナRX-3登場後は苦戦を強いられるも、レースで華々しい活躍を見せる。
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牙を抜かれたGT 〜排ガス規制〜
「ハコスカ」で日産のGTカーを確立したスカイライン、昭和47年 C110型(通称 ケンとメリーのスカイライン)へとモデルチェンジされる。先代の直線基調から一転して、当時流行った丸みを帯びた車体となり、サイズも少し拡大され、豪華装備搭載により大きく重くなる。スカイラインGTのアイデンティティとなった◎型テールはこのモデルから採用され、R34まで受け継がれていく。ケンメリでは、4ドア4気筒モデルとバン/ワゴン以外には◎型テールをまとっていた。エンジンは、4気筒GLは1500ccに代わり1600ccのG16、1800ccのG18、6気筒GTはL20を搭載GTとGLでフロントノーズ、ホイールベースが異なっていた。S20搭載のGT-Rもラインナップされるが、昭和48年のオイルショックの影響により排ガス規制がクリアできず、わずか197台が生産されるのみで消滅される。
以降のスカイラインは排ガス規制適合の為にGLはL16、L18型へ変更、GTには従来のキャブレターに加えて電子制御噴射(ニッサンEGI)のL20Eもラインナップされる。ケンメリのデザインや豪華さがウケて、スカイライン史上最大の売り上げであったが、GT-Rを失った痛手は大きく、パワーダウンが否めない結果となった。
「名ばかりのGTは道を開けろ(by セリカ)」への逆襲
昭和52年にC210型(通称 ジャパン)へモデルチェンジする。再び直線基調へのデザインに戻り、6気筒のGTは従来通り、4気筒はGLからTI(ツーリング インターナショナルの略)へと名称変更し、GTよりも軽量、ショートノーズ・ショートホイールベースにより、ライトウェイスポーツを狙った物だった。(でも、やはり現状ではGTに比べて廉価仕様のイメージしかなかった。)排ガス規制の尾を引きずってOHCエンジンしかなかった日産、当時DOHCながら排ガス規制をクリアしたトヨタに比べて見劣りするもので、ライバルだったセリカ(後のスープラとなる、セリカXXも含めて)のキャッチコピーに「名ばかりのGTは道を開けろ」と言われた程。排ガス規制が落ち着いてきた昭和55年、日産車としては3番目となるターボエンジン(L20ET型)搭載のGT-ESが登場。OHCターボではあったが、DOHC搭載のセリカ、及びトヨタへの逆襲が始まる。
昭和56年、R30型(ポールニューマンのスカイライン)へモデルチェンジ。車体はさらに大きくなり、6気筒GT、4気筒TIは従来通り(但し、1600ccはラインナップから消滅)だが、車体がGT用へと統一される。トヨタのDOHCに対抗した日産OHCターボだったが、今度はトヨタからDOHCターボの直列6気筒を搭載した初代ソアラが登場、反撃をくらう結果となってしまう。そこで日産は、シルビアに搭載予定の新開発直列4気筒DOHCのFJ20Eを搭載したRSをラインナップ。GT-Rを名乗ると言われていたが、GT=6気筒ゆえ、4気筒のFJ20E搭載車にはGTを名乗る資格がないといわれ断念したとの事。RSは後にレースで勝つ為、ターボ搭載、インタークーラー搭載により、最強のマシンへと進化を遂げた。RSが脚光を浴びる一方で、肝心の6気筒GTは旧態依然としたL20型(及び、そのEGIやターボ含む)の為、販売面ではRSの影に隠れた存在となり、先代ではライトウェイスポーツだったTIもOHCのZ18、Z20型→CA18E型という事もあり、より廉価仕様的な存在となってしまった。
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大きくなりすぎたGTその1 〜ハイソカーブーム〜
昭和60年、R31型(通称 セブンススカイライン)にモデルチェンジ。当時トヨタ マークUなどで流行った「白いハイソカー」ブームに便乗する形で、走りよりもむしろラグジュアリーを強調した路線へと変更される。従来の2ドアハードトップに代わり4ドアハードトップと4ドアセダンの2系統となり、2ドアモデルは一旦消滅。先代R30で華々しい活躍をした直列4気筒DOHC 2000ccのRSは姿を消し、再び直列6気筒GTがメインとなる。その代わりにエンジンは従来のL型から新開発のRB型へと変わり、DOHC、同ターボもラインナップに加わる。当初は「エクセル」と「パサージュ」の2系統で、6気筒はGTが付き、4気筒は無印だった。同クラスとなったローレルと合わせてマークU3兄弟に勝負を挑むが、敗退。特に走りを求めるスカイラインユーザーからはソッポを向かれる結果となった。翌年には2ドアクーペモデルのGTSを追加、さらに4ドアにもGTSシリーズを追加し、徐々にではあるがスポーツGT路線へ軌道修正される。さらにはチューニングモデルのGTS-Rを限定販売し、次モデルのR32型、あるいはGT-Rへの復活への布石となった。
走りにこだわったGT 〜R32スカイライン〜
平成元年にR32型(通称 超感覚スカイライン)へモデルチェンジする。R31のハイソカー化失敗の反省から、全長を切り詰め、高さを抑え、ホイールベースも短縮し、事実上のダウンサイジングを実行し、走りに特化したモデルとなった。スポーツカー的なスタイルは歴代スカイラインの中では一番かっこよく、若者に大ウケした反面、従来実用セダンとして使用していた家族持ちの年長ユーザーからは、後席の狭さに不満が残る結果となってしまった。搭載エンジンはGTは引き続きRB20(OHC、DOHC、DOHCターボ)だが、改良によりパワーアップを図っている。4気筒はOHC1800cc CA18iのGXiで、スカイライン最後の4気筒モデルとなる。テールライトはGT、GXiに関係なく、◎である。
ケンメリ以来16年ぶりにGT-Rが復活したのもこのモデルで、RB26DETT 直列6気筒ツインターボエンジンで日本の最高出力(当時)280PSを達成。駆動はFRをベースにアテーサE-TS搭載の4WDにより走行安定化を図った。オーバーフェンダーにより幅1.7mを超える3ナンバーサイズとなり、別の意味で大きくなったスカイラインであろう。実売価格は500万円。一般人には手の届かない夢のスカイラインであり、中古市場でも未だに高値で出回っている。
モデル後半には同時期のローレル、セフィーロに搭載されたRB25DEの2500ccモデルを追加。これが後のスカイライン サイズアップへの布石となってしまう。
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大きくなりすぎたGTその2 〜3ナンバー化〜
平成5年、R33型にモデルチェンジ。R32の後席の狭さへの不満解消を目的に、車体を再び大型化。セダンに至っては全長4730mm、幅1720mmの3ナンバーサイズとなる。(2ドアの全長は4.6m代で、幅のみ3ナンバー化。)大きく重くなった分、エンジンも直6 2500ccのRB25DEがメインとなり、ターボもRB20DETに代わりRB25DETとなる。2000ccはOHCのみとなり、廉価仕様扱いとなる。クラスアップはしたが、かつてのR31やマークUのような豪華さは求めず、走りに振ったセッティングである事は変っていない。しかしながら、GT-Rの存在が足かせとなったのか、ノーマルの最高モデル GTS25tのエンジンがシングルターボで最高出力250psに抑えられる(これはリニアチャージコンセプトに基づくもの)など中途半端さは否めず、大半のユーザーを失う結果となる。GT-Rもパワー据え置きでボディ拡大により、R32に比べて不利な条件が揃いながらも、様々な改良により不利な条件を克服し、R32 GT-Rを超えるマシンに成長した。平成9年 スカイライン生誕40周年を記念して、特別仕様として4ドアのGT-Rも発売され、家族持ちでGT-Rを所有したいユーザーの期待に応えた形となった。
再びダウンサイジングしたが… 〜ラスト直6〜
平成10年、R34型にモデルチェンジ。R33のプラットフォームを流用した関係で3ナンバーを超えたままだったが、全長、ホイールベースを短縮し、運動性能の向上を図った。エンジンもR33と同じながら、改良されたNEO
ストレート6シリーズに移行。2000ccはDOHC化、2500ccは低公害・低排出ガス仕様(LEV)となり、2500ccターボはついに最高出力の280psを達成された。このように再び走りに特化したものの、折りからのセダン・クーペの低迷のあおりを受け、販売は伸び悩む。そして、旧態依然としたRB型エンジンが平成14年の排ガス規制にクリアできないのを機に、最後の直6スカイラインとしての憂愁の美を飾る…はずだったが、R34発売と同時期に開発された新型FRセダンのコンセプトモデル「XVL」を新型スカイライン(V35)として販売する関係から、平成13年に生産終了。わずか3年足らずのモデルサイクルとなってしまった。尚、GT-Rは排ガス規制の平成14年まで販売された。
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大きくなりすぎたGTその3 〜過去の栄光との決別〜
平成13年、V35型スカイラインがデビュー。前述の通り、元々はスカイラインではなくセド/グロより小さめの新型FRセダンとして、平成11年にコンセプトモデル「XVL」として展示されていたもの。市販化の際にも別モデルとしてデビューする予定だったのを、販売サイドの要望、そしてルノーから来た日産の社長 カルロス・ゴーン氏の業務命令により、スカイライン後継モデルとして市販化される事になった。従来モデルと全く互換性のない外観、GTのグレード名は引き継がれたものの、2代目よりサイドに取り付けられたGTバッジの廃止、ケンメリ以降からグリルに形を変えながら輝いていた「S」マークがなくなり、NISSANマークになった事、◎テールが採用されなかった事、4ドアのみだった事、それにより、「これはスカイラインじゃない」という声が殺到したとかしないとか。エンジンも旧来のRB型直6に代わりVQ型のV6へと変更。これは仕方ないとして、排気量が従来の2000〜2500ccから2500cc〜3000ccへと移行。しかも当時のセド/グロ用の流用の為に目新しさもなく、ターボなし、MTなし(後に追加)。内装も高級感を追い求めた物(例 同クラスのローレルやマークUのATのサイドブレーキが足踏み式なのに対して、スカイラインはATでもハンドブレーキにこだわっていた。このモデルより足踏み式となる)となり、サイズ以外はセド/グロと大差なくなった。本格的なクラスアップである。若者には手の届かない車となり、年長者向けの単なるラグジュアリーセダンに成り下がった感は否めず、販売も成功したとは言えない。尚、アメリカではインフィニティG35として売られ、こちらはプレミアムGTセダンとして大ヒットしている。スカイラインの名に縛られなかった結果であろう。
過去との決別を図り、別物に生まれ変わったスカイラインだったが、3500cc&エクストロイドCVT-M8の350GT8を追加、2ドアクーペモデル&6MTの追加、◎テール(といってもL字テールの中に◎が光るタイプ)の復活、4ドアに3500cc&6MTの追加など、徐々にではあるが旧来のスカイラインらしさを取り戻していった。
平成18年11月 V36スカイラインへモデルチェンジ。V35のキープコンセプトながら、フロントはフーガっぽくなり、さらに高級感を増した。当初は4ドアのみで、2ドアは遅れてモデルチェンジを行う予定。車体はさらに拡大され、エンジンは2500ccと3500ccの2本立てはV35後期に準ずるが、ハイレスポンス仕様となる。再びATのみの設定となり、高級車化した感は否めない。
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今後の展開&希望
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平成19年にはクーペモデルが登場するが、搭載エンジンが新型V6エンジンとなり、排気量が3700ccまで拡大される。ハイパワーを得るのは当然ながら、安易な排気量アップにより維持費が高騰してしまい、スカイライン=金持ちの車という路線にますます拍車をかけるであろう。お金のない若者にとってはますます手の届かないクルマになってしまう。
V35登場に際し、日産としては「原点回帰」とコメントしているが、原点回帰とおっしゃるなら2000ccクラスで勝負してほしかった。そもそも昔のスカイラインは1500ccだった。小さな車体に大きなエンジンというのが魅力だったのに、今では大きな車体に大きなエンジン。これのどこがスカイラインであろうか?セド/グロのグランツーリスモと何ら変わりない。V35=XVLはむしろセド/グロの後継モデルとして出した方が、クラウン競合との決別がせき、個性を発揮できたであろう。スカイラインは思い切って5ナンバーに戻し(百歩譲って3ナンバーとしても、幅が1720mm程度)、2000ccでターボもしくは可変バルブ&リフト機構によりハイパワー化し、ランエボやインプレッサに対抗する。直6無き今、何も6気筒にこだわらなくとも4気筒で280馬力のハイパワー化は可能。かつてのシルビアや86レビンのようなライトウェイスポーツを目指すのも悪くないであろう。これぐらいしないと、スカイラインはますます高齢化するであろう。残念なのは、日産にはMクラスのFR車としてシルビアが存在したが、そのプラットフォームを生かしきれずにフェイドアウトしてしまった事である。新型のFRプラットフォームがLクラス1種類のみというのは当時の日産の経営状況によるもので、結果スカイラインがセド/グロと足並みを揃える結果となっているのは時代の流れと言われればそれまでだが(トヨタもクラウンとマークXが同じ排気量、同じプラットフォーム)、それならばV35以降のモデルはスカイラインを名乗って欲しくなかった。いっその事、R34で終わりにした方がマシだったかもしれない。
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