三菱 ランサー
MITSUBISHI LANCER 
初登場    昭和48年
現行モデル  平成12年〜 (6代目)
 
どんなクルマか
 三菱自動車のコンパクトカーとして歴史の長いクルマで、かつての代表車種だったギャラン無き後(日本では)では、唯一のセダンモデルである。1300cc〜1500ccクラスではカローラやサニーやファミリアとよく比べられたものであるが、一方ではターボエンジン搭載のホットなスポーツモデル(エボリューションシリーズ)もあり、後にWRCではスバル インプレッサとの熱い競争も繰り広げられている。
 エボリューションはハイスペック化によるボディ拡大がいち早く行われているものの、標準モデルは常に5ナンバーを守ってきた。しかしながら、ボディ拡大の余波は1500ccクラスにも及び、平成19年登場の7代目では標準モデルもついに3ナンバー化される。しかも他社と違うのは、1500ccクラスとしての拡大ではなく、完全な2000ccへのクラスアップである。
歴史を語る 
初代登場
 昭和48年、大きくなったギャランと軽自動車とのギャップを埋める為に、コンパクトセダンとして登場。丸目2灯の大型ヘッドライトと四角のフォグランプ、縦長テールが特徴的だった。中期にはテールがL字に変更され、これも特徴的だった。後期モデルでは再びテールデザインが変更(どんな型だったかは忘れた)、フロントはシンプルな横線グリルとなりフードオーナメントが独自の物からMCA-JETエンジン搭載によるMCAマーク(左右対称△を並べて、「M」をかたどったマーク)に変更されている。
 
最強スポーツセダン ランサーEX
 昭和54年、2代目となるランサーEXへとモデルチェンジ。当時のギャランΣ/Λを縮小したような角のデザインとなり、初期型に至ってはMCA-JETを引き続き搭載した為にMCAマークがつけられ、いすゞのジェミニに類似する結果となってしまった。
 昭和53年に登場した同クラスのコンパクトカー、ミラージュがFFであるのに対し、ランサーEXは先代から引き続きFRを採用、ミラージュとの差別化を図っていた(一方で、ミラージュと兄弟関係となるFFのランサーフィオーレも同時期に販売され、ラインナップが複雑化する)。発売当初は1400cc、1600ccのラインナップだったが、後に1200ccや1800ccが追加され、幅広いラインナップとなる。特に1800ccはターボ搭載モデルが登場し、「ランタボ」の愛称で親しまれる。昭和63年まで販売され、息の長いモデルとなった。
 
もうひとつのランサー フィオーレの存在
 本家FRランサーがスポーツセダンとしての道を歩む一方で、ミラージュのセダン版であり、販売店違いの兄弟モデルとして、FFのランサーフィオーレが登場する。昭和57年に初代が登場するが、ミラージュの末期モデルに相当し、発売期間わずか1年で2代目モデルにチェンジしてしまう。2代目ではミラージュにも4ドアセダンが登場したり、両モデルでワゴン/バンがラインナップされ、兄弟関係を一層深める結果となった。いずれも、FRのランサーEXの販売の影に隠れた形となって目立たなかったが、同クラスのFF化への布石となった事は間違いない。
ハッチバックゆえ…、3代目ランサー
 FRのランサーEXとFFのランサーフィオーレを統合する形で、昭和63年に3代目ランサーへとモデルチェンジされる。時代の波に押されてのFF化であるが、既にFFだったフィオーレから見れば正常進化と言えよう。当時の三菱自動車の販売戦略の都合上、主力車種の兄弟車は5ドアハッチバックというラインナップとなり、FF化されたランサーはミラージュの派生という位置付け上、無理やりハッチバック化されるという屈辱を与えられてしまう。当時は5ドアハッチバックがユーザーに受け入れられず、3代目ランサーは販売不振に終わってしまう。(同時期のエテルナも同じ理由で5ドアハッチバックとなり、販売不振の為に4ドアセダンが追加されたのに対し、3代目ランサーにはセダンは追加されなかった。) 
 
ランサーエボリューション 活動開始
 3代目ランサーの販売不振で3年という短いサイクルにより、平成3年に4代目ランサーへとモデルチェンジされる。再び4ドアセダンとなり、同モデルで卵型フォルムをまとった4代目ミラージュと共通ボディながら、ミラージュより平凡なセダンとなった。大きく重いギャランVR-4に代わり、WRC進出へのベースマシンとなったランサーエボリューション(略して、ランエボ)が登場するのもこのモデルからである。ランエボT〜Vが4代目ランサーベースである。
 以降のモデルはランエボばかりが注目されがちだが、標準モデルでは下は営業向けの1300cc廉価モデルから、上は1800ccターボのGSRまで幅広いライナップとなる。その中で、1600ccモデルは世界最小のV6エンジンとしても注目されていた。
 
 5代目ランサー(平成7年登場)はテールデザインが当時のディアマンテみたいなL字型となるも、4代目とあまり変わらないラインナップ(V6エンジンが1800ccとなる)で、事実上のキープコンセプトであった。エボはW〜Yが5代目ベースで登場するが、エボWでは2000ccターボモデルながら当時の日本車最高出力の280psとなり、エボXではオーバーフェンダー化により幅が1700mmを超えて3ナンバーとなる。
三菱リコール隠し騒動のさなかで… セディア
 ランエボは好調だったものの、標準モデルのランサーはミラージュと共に販売不振の一途を辿る。ミラージュは5代目モデル途中でミニバンタイプのディンゴを派生させた上で、従来のセダンやハッチバックモデルをディンゴへと発展解消させたが、ランサーは引き続きセダンとしての生き残りをかけ、平成12年に6代目へとモデルチェンジされる。従来ギャラン店専売だったランサーが、ミラージュ統合を兼ねてカープラザ店での販売も行う事から、当初は「セディア」のサブネームが与えられていたが、ギャラン店とカープラザ店が統合されると、再びランサーに戻る。
 3ナンバー化されてクラスアップ化されたギャランの不振により、かつてのミドルクラスをカバーする意味で車体は6代目ギャラン並に拡大されたものの、1500ccと1800ccのエンジンラインナップは変わらずだった(それでも、1300ccが落とされたという意味では地味なクラスアップか?)。当初は直噴エンジンのみ、オールATというラインナップで、ワゴンに直噴ターボが加わってもオールATは変わらずだったが、中期モデルからは1500ccで通常のマルチインジェクション(ECIマルチ)仕様も加わり、廉価モデルのみ5MTも追加されている。2年目のマイナーチェンジではフロントが大幅に変更され、ブーレイ顔なる富士山型グリルを採用するが、後期型ではブーレイ顔を廃止して普通のグリルに変更される。末期ではギャランのモデル廃止により、2000ccがラインナップされ、かつてのギャランユーザー代替の役割を持つようになっている。
 ランエボはZ〜\がこのモデルとなる。オールATだった標準モデルに対して初めてのMTモデルとなり、[ではMTが6速となる。その一方でZをベースにAT化したランエボGT-Aや、[ベースのランエボワゴンも登場。また、このモデルよりランエボは限定販売ではなくなり、スポーツカーのなくなった三菱車としては数少ないスポーツモデルへの需要に応えている。
今後の展開&希望 
 平成19年に7代目へとモデルチェンジされ、アメリカでは既に新型モデルへと切り替わっている。ボディ拡大の波は1500ccクラスにも押し寄せ、ランサーも3ナンバー化される。それだけではなく、搭載エンジンが2000ccとなり(アメリカでは2400ccも搭載)、事実上のクラスアップ、もっと言えばギャラン化と言った方が分かりやすいであろう。インプレッサが1500ccクラスのまま3ナンバー化されるのとは訳が違うのである。
 
 三菱としては1500ccクラスはコルト(ミラージュ→ディンゴの後継モデル)に任せ、失ったギャランのクラスをランサーで賄うつもりなのだろう。(ちなみに、アメリカ専用モデルとなった9代目ギャランは事実上ディアマンテクラス?)しかしながら、ボディ拡大やクラスアップで失敗したギャランと同じ道を歩んでいるに過ぎず、ランサーの先行きが不安になるのは私だけではあるまい。そんな心配とは裏腹に、7代目ランサーはフロントが昔のギャランによく見られた逆スラントノーズでガンダムルック、リアはアルファロメオ風となり、見た目はかなりかっこいい。事実上の8代目ギャランの後継モデルであると言えよう。尚、日本では車名変更も考えられている。
 
 ランサーワゴンは需要減により廃止、5ドアハッチバックモデルに移行。ランサーカーゴについては日産ADバンのOEMモデルに切り替わる事が決定。
ランサーの名前を引き継ぐかどうかは未定であり、別車名となれば、セダンも含めて長年親しまれてきた「ランサー」の名前は日本で完全消滅となる模様。
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